前立腺癌、治療の実際 – 問題の背景を理解するために2

再発後の治療を考えるよりも、初回治療を考える

前立腺癌治療において、手術でも放射線治療でも問題になるのは、最初の治療で完治できなかった場合です。医師から再発を告げられると、人によっては癌の告知以上に衝撃を受けます。再発したら、またその治療をすれば良いとお考えかもしれませんが、そう簡単ではないことを患者は知っているからです。

癌の告知後、治療選択に関して泌尿器科医にこう説明されることがある。

手術なら再発した場合でも放射線治療が受けられる、つまり「チャンスは2度ある」。しかし、放射線治療を受け再発した場合には「手術で摘出できない」。どちらの場合もホルモン治療は受けられるが、選択肢は多く残しておきましょう、と。・・これに同意される方は多い。

事実ではあるが、少なくとも高リスク患者に対して、この説明は妥当なのかどうか疑問である。あとで示すが、高リスクに対する5年非再発率で見ると、成績の良い病院であっても手術は40~60%、放射線は80~90%程度であり、初回治療の非再発率が全く違うということに言及していません。また中間リスクであっても術後の病理診断では高リスクに変更される場合もありますから、安心はできません。

手術療法の再発の場合は、僅かながん細胞の取り残し、放射線治療の再発では、放射線ですべての癌が死滅しなかった、などと仮定して救済治療を実施。それで完治できれば良いのですが、もし効果得られなければ、あるいは転移が見つかった場合には、多くの症例でホルモン治療を一生涯行うことになります。

ホルモン治療は、よく効くがやがて効果がなくなり癌が進行する

ホルモン治療はいわば特効薬です。再発時にホルモン治療(CAB療法)を受けると、PSAは劇的に2桁以上も下がり、癌が直ったかのように感じられます。高齢者では一般に癌の進行が遅いとされるため、このまま数年、時には10年以上に渡って効果が続くこともあるため、根治したかどうか、など忘れ去られてしまうかもしれません。

しかしその効果は恒久的ではなく、高悪性度の場合には1,2年で効かなくなることもあります。ひとたび効果がなくなると癌が進行し、薬を替える、抗がん剤を使用するなどしても、進行を抑えるのは困難です。やがて、骨などの他部位へ転移が進むと、いずれは命を失うことになります。特に若い方ではこれが大きな問題です。ホルモン治療の効果がなくなるのを防ぐ唯一の方法は、ホルモン治療をしないこと、つまり根治させる以外にありません、そのためには初回の治療選択が非常に重要です。

密封小線源療法においても、治療法は確立されていない

放射線治療の1つ、密封小線源療法は、主に米国においてその手法が研究され、マウントサイナイ大学やハワイ大学の医師から、直接日本の医師にその技術が伝えられました。しかし初期の手法のままでは、十分に高い線量を安全に投与することができなかったと見られ、低リスク患者に対する治療という位置付けがされました。しかしその後、理想的な線量分布を作り出せる可能性に着目したいくつかの医療機関が、独自に研究、改良が行われ現在の小線源治療の礎になっています。このような経緯のためか、実施する病院ごとにその手法は異なっています。

現在、小線源治療を行っている病院は全国に多くあるのですが、その多くの病院では、小線源療法を低リスクに適用(または、外照射を併用しても中間リスク迄)としています。これらの病院では、中間リスクに対応できる高線量の投与ができないということです。そのような病院では、小線源治療を長期間行っている医師であっても、小線源治療は低リスク患者に適用する治療、としています。
参照:小線源療法を導入している病院|日本メジフィジックス

その一方で、高リスク(あるいは超高リスク)に対しても積極的に小線源治療を行い、良い成績を上げている病院もあります。その数は日本ではおそらく10~20くらいの施設しかありません。その中でも指導的立場の岡本医師が行っているのが、滋賀医大の小線源治療です。密封小線源療法においても、治療法はいまだ確立されていないと言って良いでしょう。
参照:トリモダリティーを積極的に実施している施設|日本メジフィジックス

滋賀医科大学、前立腺癌小線源治療学講座

滋賀医科大学、岡本圭生医師の治療も、密封小線源療法です。2005年に開始、2008から米国マウントサイナイ大学の指導を受け、独自に研究、改良を行い今に至っています。5年PSA非再発率は 96.3%であり、ここ数年の安定した治療実績を考えると完成度の高い治療であると思われます。

滋賀医大  5年PSA非再発率 96.3%
小線源単独、または外照射+小線源、またはトリモダリティー
トリモダリティーの場合のホルモン治療の期間は9ヶ月が標準

5年PSA非再発率は 低リスク98.3% 中間リスク96.9% 高リスク96.3%(2014年 第102回 日本泌尿器科学会発表)
滋賀医大 前立腺癌小線源治療学講座

滋賀医科大学で行っている放射線治療は、小線源を中心とした放射線治療です。

他の医療機関でも同様な治療が行われていますが、放射線治療における根治率の比較は、併用するホルモン療法の有無、期間の違いが非再発率に大きく影響するため、同列に比較するのが難しい。
他の医療機関での、放射線外照射治療(ホルモン療法併用、VMAT、IMRT)、及び、小線源治療(外照射+ホルモン療法併用)において、長期ホルモン療法の併用をする医療機関を除くと、非常に成績の良い病院であっても、高リスクの5年PSA非再発率はおよそ80~90%です。

前立腺全摘術の例

日本での前立腺がん治療で、およそ7割の患者が受けている治療は、この「前立腺全摘」です。近年ロボット支援手術(ダヴィンチ)が多くの病院に導入されています、泌尿器科医は以前にも増してこの治療法を薦めるかもしれません。「みなさんこの治療法を受けていますよ」という言葉に弱い日本人です。しかしながら・・

がん研有明病院での、5年PSA非再発率は、中間リスクでは88.2%であるものの、高リスクでは61.6%と放射線療法に全く及びません。

がん研有明病院 前立腺全摘術 5年PSA非再発率は61.6%
前立腺全摘術:リスク分類別PSA非再発率曲線
(CIH:1994-2017)

診療実績|泌尿器科|がん研有明病院

九州医療センターでの、5年PSA非再発率は、中間リスクでは約75%であるが、高リスクでは約40%です。

国立 九州医療センター 前立腺全摘術 5年PSA非再発率は約40%
開腹前前立腺全摘術 リスク別PSA非再発曲線

2013年10月にダヴィンチロボットシステムが導入され、ロボット支援前立腺全摘術を開始
手術単独治療成績(2015年データ解析)
独立行政法人 国立病院機構 九州医療センター|前立腺癌総合治療センター

高リスクであっても、再発後に救済放射線治療を受ければ、治療トータルでの根治率はこれより向上しますが、高リスクの救済放射線治療の適用は中間リスクほど容易ではないと思われます。

注意していただきたいのはこれらの病院の「治療成績」が悪いとしているのではなく、Web上に成績が公開されている病院で良い成績と思える例を示したにすぎません。この成績を上回る病院もありますが、多くの病院ではこれを下回る成績だと思われます。

現在の前立腺癌治療が目指すもの

泌尿器科の医師の多くは摘出手術を勧める
これは従来から変わっていませんが、現在の日本では手術支援ロボット(ダヴィンチ)が多くの病院で導入されたことにより、より強く手術が勧められている可能性があります。それは以下の事実によるものです。

  • 最先端の技術を使った手術であること、開腹に比べ入院期間が短いなど、日本人には訴求力が高い。
  • ロボットは非常に操作性が良い、ロボット手術を習得する医師の養成期間は従来の開放手術に比べて短いとされる。
    ※ 摘出は難しい手術であるため、従来はベテランの医師によるものがほとんどであった。ロボットでは炭酸ガスによって圧力をかけた状態で手術を行うため出血が少ない、たとえ医師の技量不足でもそれが表面化しにくい
  • ランニングコストが非常に高く、年間数十例以上の手術をこなさなければ採算が取れない

※ 手術支援ロボットは、未来の手術を支える技術となり得るものです。これを否定するものではありませんが、前立腺癌における、ロボット支援手術は、肝心の根治性という点で、従来の開放手術に比べて格段に向上したという確かな報告はない。

第2選択として、放射線外照射が勧められる
摘出手術以外にも、放射線外照射があるとして勧められる事が多い。こちらも最先端技術で非常に高精度、ピンポイント照射なので障害も少ないと説明される。確かにそうだがそれは理論上のこと。重粒子線、陽子線でも同様。

  • 照射域(照射野)は前立腺よりひと回り大きい範囲とせざるをえない。
    ※ 生体に対しての照射であるから、対象臓器の変形、移動にも対処する必要があるため
  • 本来照射する必要のない直腸や膀胱の一部にも放射線が照射されてしまい放射線障害が起きる。
  • 放射線治療の限界線量はQOLを考え放射線障害が想定内(重大でないこと)であるような線量で決まってしまう
  • このため、外照射では癌を死滅させるのに十分な線量を照射できているとは限らない。
    ※ 照射線量が大きいほど癌を死滅させる効果は高いが、特に高リスクに対しては線量不足の可能性がある。

一部の病院でしか、勧められない小線源治療
小線源治療は、密封された小さなカプセルから照射される放射線によって癌を死滅させる。放射線治療の1つとして紹介されることがあるが、多くの病院では低リスク(外照射併用で中間リスク)とされるので、適用外となることが多い。

  • 照射範囲はカプセルの周囲数ミリであるため、前立腺内にカプセルを分散して多数配置する。
  • 総線量は分散して配置された各カプセルの線量の総和であるため、外照射よりもシャープな線量分布が得られる。
  • 本来照射する必要のない直腸や膀胱の一部にも放射線が照射されてしまうのは外照射と共通だが、周辺臓器に対する線量をシャープに低下させる線量分布を作ることで、障害を抑えながら、より高線量を投与することができる。
    ※ ターゲットの変形、移動にも放射線源を留置するため影響を受けない。
  • これにより、癌を死滅させるのに十分な線量を投与することが可能である。

問題は、高線量を投与するための「カプセルの配置」には、高い技量が要求されるということ。技量の高い医師と共に助手として症例を重ねることが必要であると考えられる。

岡本圭生医師の密封小線源療法の優位性

このような状況にあって、岡本圭生医師の密封小線源療法は非常に高い非再発率を持っており、日本でもトップクラスです。さらに日本以外の優秀な施設と比較しても、それを上回る治療成績です。もちろん、これは岡本医師一人の力ではなく、治療計画を担当する放射線治療医、さらには手術に携わるスタッフとの連携が必須であり、それがこのような良い成績に結びついたものと思われます。

この信頼度の高い治療を受けるため、難治性の高リスク前立腺癌患者を含む多くの患者が全国から来院しています。

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