トリモダリティ療法 彦根、横田

お住まいの地域:滋賀県

治療を受けるまでの経緯は?

教育機関(国立大学)の事務部門で勤務する者です。
◇2018年10月5日に大津の医療機関でのエコー検査の結果が前立腺肥大であり、腫瘍マーカー検査を受け、PSA98.0の異常値を通知され、至急総合病院で検査と治療を行うことを指示されたのが発端でした。

◇その後は彦根市立病院で約1ケ月に渡る検査の日々で、MRI、生検、CT、骨シンチと続き、同年11月2日に担当医師から通知された結果は、悪性度・進行度とも高い高リスクの前立腺癌の確定診断であり、膀胱へ浸みている可能性があり、その場合はステージ4となり治癒する期待はできないというものでした。

◇検査前から家族からの情報により、滋賀医科大学病院の岡本医師の小線源療法を希望していましたが、検査担当医師からは治療が出来るかどうかは岡本医師の判断によるとのことで、祈る思いで同年11月15日に岡本医師の診察を受けました。
当日は診察と検査が終日続き、岡本医師は正面から受け止めていただき、治療方針は示されたものの、残念なことに病院側は岡本医師に対する現医療体制の期限を切っていることを知らされ、岡本医師からもこの状況では私の一連の治療はできないとのことでした。

◇治療の方針は「トリモダリティ」(これは、私のような高リスクの場合に行われる、「ホルモン治療」、「小線源内照射」、「放射線外照射」の3つを併用するもの)の明言があり、当日からホルモン治療を開始していただきました。初診日の前日までは骨への転移の恐怖感から死への不安に押しつぶされそうな日々でしたが、その日からは転移の可能性が軽減されたことや、何よりも岡本医師から「私であれば治すことはできる」の言葉で、心は病気発覚前の健康状態に戻り、不思議なもので発熱など不調の日々を送っていたのも一気に解消しました。岡本医師を信頼し、治る希望を託し任せるしかないと思いました。

◇岡本医師の治療に期限が切られているために次回の受診日だけは決まるのですが、手術などの治療日程等は白紙でした。そんな中で、2018年12月からは岡本医師の治療継続を願って、既に岡本医師の治療を受けた方の患者会活動に先導いただく形で、私自身も患者会の活動を行っていくことになりました。

◇2019年2月になると前立腺辺りから生じる痛みや、3月には右足のふくらはぎの疼きを自覚症状として感じるなど、体調の不安を抱くようになりました。また、岡本医師の治療体制の維持に向けては進展がなく今後が不透明なことによる不安から、勤務先の保健管理センター長の紹介で、同年3月6日及び12日に京都大学病院がん診療部を受診しました。持参した検査データや改めての検査結果を基に治療に関する説明を受けました。その内容は、治療を是非お願いしますと言えるものではなく、京都大学の治療法(ホルモン治療+外照射)では、残念ながら非再発率は50%未満とのことでありました。まさに私自身迷走していた時期でした。

◇2019年3月14日に滋賀医科大学病院岡本医師に私の方から相談の機会をお願いし、京都大学での診察結果を伝えました。岡本先生からは「じたばたしなさんな、滋賀医科大学病院に対する裁判の仮処分の決定がなされるまで静かに待っていて欲しい。」と諭されました。

◇2019年5月20日の大津地裁が滋賀医科大学病院に対して、岡本医師の治療を継続するように命じた決定を受けて、同年5月29日の診察の際、7月16日に小線源治療を受けられることが示されました。最初の診察から6ケ月を待ってようやく安堵の気持ちになることができた日でありました。

 PSA:98.0
 グリソンスコア:4+5
 陽性率: 60%(生検 10本中陽性6本)
 T分類:T3b-T4N0M0
 診断時年齢: 59歳
 触診の結果は?:超高リスク前立腺癌と診断、膀胱へ浸潤の可能性あり

治療後にどう感じましたか

治療予定の方は現在の気持ち

 2019年7月16日に小線源治療を受けました。トリモダリティの内の一つの大きな山を越えたのかなという安堵感とともに、長いトンネルを抜けて晴れ晴れとした場所へ出られたような爽快感もありました。

 小線源治療後は2日後には退院できました。なお、手術時の麻酔の副作用による頭痛と嘔吐が数日続き職場へ行けずに自宅で悩まされましたが、岡本医師の所見のとおり数日で頭痛からは開放されました。

 外照射は2019年8月28日~10月3日の間、毎日通院し25回の照射を受けました。放射線は前立腺、膀胱、尿道、腸、精嚢、リンパ節に当てるということでした。毎朝病院へ行き治療を受け、その足で職場へ出勤し、夜に自宅へ帰るという繰り返しでした。照射回数が進むほどに体のだるさやら歩行時の足が重さを感じ、排尿、排便障害と付き合うつらい日々の始まりでしたが、これも癌細胞を殺すためという思いで最終日まで通院・治療に励みました。また、放射線治療が終わった際に担当の河野医師からは「当病院では最大限の治療をしたが、あなたは超高リスクだから治るかどうかは五分五分だと思っておいて欲しい」というようなことを言われ、ずしりと今も心の中に残っています。

 小線源治療後のホルモン治療は2019年12月7日、2020年4月20日、6月18日の岡本医師の診察時に注射をしてもらい、平行して連日ホルモン薬の錠剤を服用しました。長期間のホルモン治療は抵抗性の癌になるとの心配はありましたが、岡本医師の治療を信じていたため安心して治療を続けることができました。

現在の経過、伝えたいことなど

差し支えなければ、男性機能はどうなりましたか?、教えてください。

 外照射の副作用である排便障害は治療後3ケ月くらいで治まったと思います。排尿障害の方は切迫尿意は殆ど感じなくなりましたが、現在においても昼夜を問わず排尿回数が多いのは悩ましいところです。ホルモン治療による両手のバネ指は長い間痛みを感じていましたが、今ではすっかり良くなりました。

 2020年3月に42年間務めた職場は定年退職しました。退職後4月からはウォーキングで体力を維持するとともに、地域でのグランドゴルフやカラオケなどで人との交流を楽しんでいます。男性機能についてですが、2021年12月頃から勃起するようにはなってきましたが、それから半年ほど経過した現在においても射精をするまでには至っていません。

 2022年6月の現在も3ケ月間隔で宇治病院へ通院し、岡本医師の診察を受けています。岡本医師を信じてはいますが、毎回PSA検査などの結果を聞くときは心臓がドキドキで、PSA値などが良好であることを伝えられると次回の診察日までの命の安心感をもらったようでほっとしています。

 私のような超高リスクの前立腺癌患者は、岡本医師の治療であったからこうして日々安心して生活していられるのだと思っています。待機患者で迷走していた頃、小線源治療を実施している医療機関に治療を求めたとしても、標準治療での受入れになるため治癒の可能性は無かったと思っています。滋賀医科大学病院での岡本医師の治療は2019年11月末で終わってしまいましたが、私と同様の超高リスクの患者が岡本医師の治療を受けることが出来ずに他の医療機関での治療を選択せざるを得なかったのは、大変残念なことだと思いますし、滋賀医科大学病院は医療者として患者を救える医師がいて、その医師に治療を求めている患者がいるにも関わらず、大学の方針として岡本医師の治療を終わらせてしまったことは許せない事です。

 2021年から宇治病院で岡本医師の治療環境が整ったことは、これまで長年ご尽力いただいた関係者の皆様に感謝していますし、超高リスク患者には頼みの命綱が繋がったと言えると思います。

患者さんへの質問:
もし、時を遡れたとしたら、同じ治療を選びますか?

「はい、この治療を選びます」


彦根市、横田


 

彦根市、横田さん、インタビューへの回答ありがとうこざいました。もしこの回答内容を変更したい場合は、再度ご記入いただければ、差し替えさせていただきます。
また、あとで私のコメントをここに記入させていただきます。

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